2004.10.14

4日目写真編:スパ・フランコルシャン・サーキットの写真編

ベルギーからスパで撮った写真が届きました。
プロのカメラマンさんに撮ってもらった写真です。

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かなり緊張!いきなり一番スタートです

 

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これもフェラーリ

 

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プロのレーサーの横に乗る前です

 

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表彰台に立たせてもらいました

 

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証明書の授与式

 

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26歳の女性プロレーサー、ヴァニーナ・イックスさんと

 

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ご一緒した日本の皆さん、真ん中はラウンジの女の子

これがサーキットを走った証明書

2004.10.14

4日目:スパ・フランコルシャン・サーキット

午前7時半にバスでホテルを出発。
昨夜も遅かったのですぐに熟睡してしまった。

ふと気がつくと窓の外は緑がいっぱい。
ドイツ国境に近いここスパは英語にもなっている「温泉」の町として有名なところ。
同名のミネラル・ウォーターも以前輸入されていた。
でもここがサーキットで有名な町だということは、今回来る直前まで知らなかった。

予定より少々遅れて午前9時50分、
スパ・フランコルシャン・サーキットに到着した。
すぐにVIPラウンジに入って朝食。
ここで今回のプログラムに関しての説明などがあった。

 

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VIPラウンジ

 

この日は天気が悪く、とても寒かった。
この中でサーキットを走るのか、、、とちょっと不安な気もしたが、
自分で運転するわけでもないし、と気を取り直した。

サーキット内にはなんとトイレが無いということで、
ラウンジ内のトイレでしっかり絞りだした後いよいよサーキット内へ。

 

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サーキット内から見たVIPラウンジ

 

すると着いたとたん、

「Kazunori ! Kazunori Miwa !」と呼ぶ声が、、。

 

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サーキット内

 

嫌な予感が的中。
なんと24名中一番最初に名前が呼ばれ、乗れといわれたのは、
“Ferrari 575 M Maranello”という車。しかも運転席。
(好きな人にはきっとたまらないんでしょうね)

助手席にはコーチらしきおじさんが座っているが、フランス語オンリーということで会話は一切なし。通訳してもらってアクセルやブレーキの場所を確認。

何の説明もなしに、いきなり乗るの?本当に?
と思っているうちになぜか先頭でスタート。サーキットを走り出した。

 

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コース内

 

ただ自分の車の前にペース・カーが走っていたので、それについていれば安心。
なんでも先週同じプログラムに参加した人たちが、ペース・カーが無いのをいいことに、
猛スピードで走ったり、追い越したりしてとても危険だったそうだ。
今週でよかった。(と思ったのはこのときだけだった)

このフェラーリ、ギアがハンドルの両側についていて操作も簡単、全長6.9km、山間部の起伏に富んだコースを2周する頃にはもう楽しくなっていた。

交代で何台か乗った後、さきほどのVIPラウンジで昼食。
やっぱり昼もヒューガルデン。(いいのでしょうか??)

 

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VIPラウンジで昼食

 

午後からは幸い天気もよくなり、だんだん慣れてきた私たちはいかにスピードを出せるかを競うようになり、、。
結局4台の車でサーキットを2周ずつ、そしてプロのレーサーの助手席に乗せてもらい、これを二人の方に2周ずつ回ってもらった。

最初に乗せてもらったフェラーリから降りてきたレーサーを見てびっくり。
僕よりもずっと体の小さな、可愛らしい女の子だった。

<自分で運転した車>

・Ferrari 360 Modena
・Ferrari 575 M Maranello
・Lamborghini Murcielago
・Lamborghini Gallardo

<レーサーの方に載せてもらった車>

・Ferrari 360 Modena Challenge

 

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575M

 

いろいろな車に乗ること以外にも”Drive Skill”というプログラムを体験できた。
サーキットの脇には、運転技術を習うための小さなコースが設けられていた。

ここで車の後輪に小さな輪のついた板を履かせて、滑って後輪が流れた時の運転の仕方や、ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)のブレーキングの練習などを習った。

ここでは素晴らしいスタッフの方たちの上手な教え方のおかげで、短い時間だったがたくさんのことを学ぶことができた。
しかしここでも、「え!?日本人って英語が話せないの?」と真顔で言われ、またまた情けない思いをしてしまった。

 

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Drive Skill

 

来る前までは、別にサーキットなんて、、と思っていたが大間違い。
終わる頃にはもっと走りたい、と思うようになっていた。

参加したメンバーも最初とは大違い。
直線コースの手前から減速し、ペースカーを先に行かせて、思いっきりアクセルを踏み込むという状態になっていた。

全員がすべて予定通り、事故も無く無事終了し、最後にVIPラウンジに集まった。
ここで全員に記念品が贈呈されるというセレモニー。

 

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ラウンジの女の子と記念撮影

 

ここでスタッフやレーサーの紹介もあった。
男性のレーサーは、パスカル・ティルカットというベルギーでは有名なレーサーということ。よくわからないが、最近ホンダで優勝したと言っていた。

そして先ほどの女の子のレーサー。彼女はヴァニーナ・イックスといってベルギーでは有名なジャッキー・イックスというレーサーの娘さん。若干26歳だがもうキャリアは8年もあるそうだ。
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文鎮みたいな記念品

しかし素晴らしい体験だった。
醸造所だけで充分と思っていたが、やはり男の子の血が騒いでしまった。

有名なサーキットでフェラーリやランボルギーニに乗ることなんてもう二度と無いだろう。
きっと一生忘れない思い出になると思う。

午後7時前に出発、また2時間ほどかけてルーヴァンへ。
その後、街中の”Vital”という比較的新しいお店で夕食。
また深夜まで飲んで食べて最高の一日だった。

 

 

2004.10.13

3日目その3:アルトワ醸造所

午後5時頃バスでルーヴァンに戻った。
いよいよ最後はAmBevとの会社統合が完了し、「InBev」として世界第1位のビールメーカーとなった旧Interbrew本拠地の見学。大手は大手で勉強になることはたくさんあるはず、とここに来るのも楽しみにしていた。

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イン・ベヴの新社屋建設予定地

 

ビルに大きな垂れ幕がかかっているのが見える。
まだ合併したばかりで新社屋の建設はこれからのようだ。

 

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まだ看板がInterbrewになっている入り口

 

到着した後すぐにゲストホールに入り、奥で「InBev」の歴史についてのビデオなどを見せてもらった。外では同じく見学に来ていた地元の大学生がビールを飲みながら大騒ぎしていた。

その歴史の始まりは1366年。ルーヴァンにあった”Den Horen”というパブから。
1717年にはこのパブの優秀な醸造士だったセバスチャン・アルトワがビール醸造所を購入し、「アルトワ」という名前に変えた。

1892年にはボックという名前でラガービールの生産をスタート。
1926年にはクリスマスビールとして「ステラ(星)」という銘柄を発売。
これがベルギーで最も有名なビールとなり、その後どんどん成長を続けることになった。

1987年にはジュピレール社と合併してインターブルーに。
これまでに両社ともに吸収合併を繰り返してきた歴史があった。

アルトワが1952年にLeffeブランド、1968年にオランダのDommelsch醸造所、1970年にフランスのMotte Cordonier醸造所を吸収、Piedboeuf醸造所(後のジュピレール)は1984年にバス社からLamot醸造所を吸収している。

Interbrewになってからも、1989年にHoegaarden醸造所、1990年にはBelle-Vue醸造所を含む、ベルギー国内のベルギービール醸造所を次々に吸収していった。

1991年には、カナダのLabatt、韓国のOriental Breweries、ロシアとウクライナのSUN Interbrew、イギリスのBass Brewers およびWhitbread Beer Company 、そしてドイツのDiebels and Beck & Co.と30を越える醸造会社を吸収し、戦略的な合弁事業を急速に進めていった。

ここ最近でもドイツのSpaten醸造所、中国のMalaysian Lion Group そしてセルビアのApatin醸造所も吸収している。

こうして現在では200以上のブランドを持ち、北中南米・欧州そしてアジア大洋州の30以上の国々で操業し7万人余の人々が働いている、世界最大のビールメーカーになった。

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工場内

いよいよビデオが終わって工場見学。
だが残念なことに、喫煙と撮影は禁止とのことだった。

ゲストホールを出て主要な3つの建物を順に回ることになった。
ひとつは「ホット・ビルディング」と呼ばれる仕込みをする建物、ふたつめは「コールド・ビルディング」と呼ばれる発酵をさせる建物、3つ目が地下水など水を管理する建物に別れている。

道すがら大型のトラックが何台も横を通り抜けていく。
ここでは24時間体制で出荷が行われており、1日300台以上、約4分に1台が出庫していくそうだ。

まずは「ホット・ビルディング」、実際に中に入ると上着ではいられないくらい暑い。
手前のコントロール室では25名が24時間体制、3シフトで醸造を管理している。

仕込みの部屋では5つの釜が1セットになったものが3列。一つがコーン、二つが仕込み釜、あとの二つが煮沸釜になっている。1回の仕込みで造られるビールは6万5千kl.ととてつもない量だ。

この設備では16種類の麦汁と8種類の酵母の組み合わせで35種類のビールを造っているそうだ。同じベルギービールといっても、良いとか悪いとかではなく、手造りのものとはまったく別のもの、と考えた方を変えたほうがほうがよさそうだと思った。

この後圧搾室へ。ここでは2時間かけて圧搾が行われ、粕は家畜の餌に使われる。

ちなみにここで造られている銘柄の生産量ベスト3は、ステラ、ジュピレール、レフの順番だという。第3位がレフというのが意外だった。アビイタイプとして全面的に力を入れている証拠だ。なんとレフ・ブラウンの500ml缶もあった。

次に「コールド・ビルディング」へ。
ここでは72基の発酵タンクがある。小さいものも12基あるそうだ。
とにかく規模が大きくて圧倒される。

そして瓶詰めライン。ここも大きい。
200メートルの間に、瓶が4ライン(1つはプラスティックボトル専用)、缶が2ライン、ケグが2ラインという割合。缶はここだけで詰められており、生産も減る一方だそうだ。

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ゲストホール内

ひととおり見学を終えたあとゲストホールへ。
一人ずつお土産の缶ビールをもらって、できたてのステラ・アルトワの試飲。
やっぱり工場で飲むステラは最高に美味しかった。何杯でも飲めそうだった。

 

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ルーヴァンの街

 

午後6時30分頃工場を出て、すぐ目の前のノヴォテル・ホテルへ。
チェックインして30分足らずで今日の夕食をとるレストラン、”Troubadour”へ徒歩で向かった。静かで美しい街という印象、学生の街というだけあって若者が本当に多い。

ここルーヴァンには1425年に創設された名門のルーヴェンカトリック大学があり、街中に大学の関係施設がある。面白いことに(日本人にとっては)1968年に言語対立から大学が二分してしまい、フランス語側はルーヴァン・ラ・ヌーヴ(新ルーヴェン市)に移設されているそうだ。

20分ほど歩いて”Troubadour”に到着。
ここでもまた新たなメンバーが加わっていた。私たちの前に座ったのは北欧デンマークの酒類卸問屋のセールス2名。カールスバーグの子会社なのだそうだ。
ここでもまったく会話ができず情けない思いをした。

食事中には打ち合わせで立ち寄ったという、カトリーンさんに会うことができた。2年半ぶりの再開でうれしかった。

ベルギービール、ベルギー料理をたっぷり楽しんでデザートが出る頃にはもう午後11時を回っていた。この調子だと旅行中にずいぶん太りそうだ、と思ったがとにかく何でも美味しいので、全部食べずにはいられなかった。

ホテルに戻ったのは午前0時近く。
シャワーを浴びた後、パソコンの接続で悪戦苦闘するが接続できず。
結局2時ごろまで起きていたが、あきらめてビールを2本ほど飲んで眠りについた。

2004.10.13

3日目その2:ベル・ヴュー醸造所

午後2時30分ごろ話し声で起きてみるともうベル・ヴュー醸造所の近くに来ていた。

ここはヴァンデン・ストックが所有していた時代(第一次世界大戦中)に建てられた大規模な醸造所で、運河に面しておりとても迫力がある。
1990年代初めにインターブリュー社(現在のインベヴ社)の傘下に入ってから、一般の人にも解放されるようになっている。

 

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ベル・ヴュー醸造所

 

大きな醸造所だが残念ながらここでは1995年を最後に仕込が行われておらず、現在では熟成のみが行われている。
仕込みは 1976年にシント・ピーテルス・レーウというところに建てられた醸造所で行っている。その醸造所の見学は不可能との事。

気を取り直して見学コースを進むが、ベルギーの醸造所ではよくありがちな古い醸造設備を見せるというものだった。だいたいどこの醸造所でも同じようなものなので足早に見て周った。

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昔の醸造設備

他の人たちも比較的早めに回ってきたようで1階の熟成庫前に集まっていた。
中からはランビック特有の香りが漂ってきているのでこちらは期待できそう。

ガイドさんの先導で中へ入るとたくさんの樽が整然と並べられている。
ただベル・ヴューの規模としてはずいぶん少ないように感じた。
おそらく高いクラスのランビックだけここで熟成させているのだろう。

 

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熟成庫の中

 

ここでは一般的なランビックの製法についての話などを聞いたあと、樽の中に入っているクリークを試飲。これはすごくフレッシュでおいしかった。

 

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樽から出したクリーク

 

ちょっと驚くような話も聞くことができた。
ベル・ヴューではセレクション・ランビック(日本未輸入)という伝統的な製法で造るランビックがあるが、二次発酵を行っているのはこの製品のみとのこと。
他のレギュラー製品は一次発酵後フィルターろ過、その後ガスが充填されているそうだ。
やはり今後はランビックもひとくくりとして扱うのでなく、伝統的なものと最近のものを分けなくてはいけないと思った。

かといってベル・ヴューのレギュラー商品の役割にも大きいものがある。それはそれとして大事にしていきたいと思った。

最後に併設のゲスト用バーでベル・ヴュークリーク樽生の試飲。
午後4時ごろ次の目的地へと出発した。

 

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併設のゲスト用バー

2004.10.13

3日目その1:ヒューガルデン醸造所

午前8時30分にホテルを出発。
まずは昨夜集合したメンバーと合流するため、ルーヴァンにあるノヴォテル・ホテルへ向かう。
ホテルを出て約30分で到着した。
まだチェックインできないので荷物だけホテルに預けて、ここからは今日一日バスで移動することになる。

昨夜来ていなかった人たちもいたので、バスには世界各国から総勢20名強の人たちが乗り込んだ。
参加国を訪ねてみると、ベルギーはもちろん、カリブ海の島国、シンガポール、香港と多彩。
また私たち以外にも日本から4人来ていたのだが、その中の3人はイギリス、スイス、オーストラリア各国出身とこれまた多彩。

バスは街を出て、さとう大根の畑が広がる道を東の方角へ進む。
途中にはホワイトビールを復活させ、このヒューガルデン醸造所(元デ・クライス醸造所)を創業したピエール・セリス氏の自宅もひっそりと建っていた。

10時20分ごろヒューガルデン醸造所に到着。 ここに来るのもなんと8年ぶり!
ひととおり見学したが、コースの内容はところどころ親切に変わっていた。

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ヒューガルデン醸造所

ガイドのおじさんはかなり省略している感じだったが、だいたいの製造工程は頭に入っているのでそれほど不安は無かった。

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原料の説明をするガイドのおじさん

まず原料は大麦麦芽、小麦、ホップ、オレンジピール、コリアンダー。
水は井戸から地下水をくみ上げている。
酵母は2種類あり、主発酵と二次発酵で別々のものを使っている。
ここでは1日4回の仕込が行われているそうだ。

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仕込み釜

移動の途中には原料(見学用と思われる)が実際に庭に植えてあるのが見えた。

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庭に植えてある原料

次に発酵。
最初は約25℃で発酵、4~5日間で約90%の発酵が終了する。
その後温度を下げ、3~4週間発酵を続ける。
一次発酵を終えると酵母をフィルターで除去、砂糖と酵母を加えて瓶詰め。
ここから約10日間にわたって二次発酵が行われる。

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原料の展示など

行程の移動中にはビール原料の分布図、原料当てクイズ、昔のグラスコレクション、各国言語での説明など、見学者が飽きないような工夫が随所にされている。

次に瓶詰め工場。
じつはこの醸造所の手前5分ほどのところに大きな瓶詰め工場がある。
大部分のものはそちらで瓶詰めされているとの事。
しかしこちらでも一部瓶詰めが行われているようだ。
またたとえばフランス向けに生産されているヒューガルデン・ホワイト750ml瓶などは、ベル・ヴューの瓶詰め工場で瓶詰めされているなど、グループ内で効率よく役割分担しているようだ。

 

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瓶詰め工場

 

ここで、「なぜヒューガルデン村でビール造りが発展したのか?」という問いに大して、興味深い話を聞くことができた。

かつて(おそらく1500年代以降くらい?)このあたりの土地はリエージュの教皇に属する飛び地だったそうだ。
そのおかげで税金などが免除されており、醸造業が盛んになったという。
1700年代にはリエージュ公の領地にビールを送っていたというのには、そういう背景があったのだな、と納得。1800年代には30以上の醸造所が存在していたそうだ。

 

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教会風に作られたゲストホール

 

簡単にひととおりの見学を済ませた後、ゲスト用のバーでヒューガルデン・ホワイトの注ぎ方を教わって試飲タイム。 ここも以前にはなかった施設だ。

 

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ゲスト用の試飲バー

 

そして楽しみにしていたショップへ。
今回は買うなら瓶ビールでなく、自分たちが着たりできるグッズを、と思っていたので、ついついたくさんお金を使ってしまった。
ヒューガルデンのエプロン、フリースなど部屋の中は魅力的なものでいっぱいだった。

そうしているうちに時間は12時30分頃に。
前回も訪れた醸造所内のレストラン「コウテルホフ」で昼食。

 

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コウテルホフ(なぜかセピアモードになってしまった)

 

ここではお薦めのジュリウスを使ったラム肉の料理を注文。
ビールもヒューガルデン・ホワイト、DAS、スペシャル(後者2銘柄は日本未輸入)など、ここぞとばかりに飲んだ。

 

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ヒューガルデン・スペシャル

 

お腹もいっぱいになったところで出発の時間。
とても名残惜しかったが、午後1時30分ごろバスで出発。
車内ではほとんどの人が次の目的地まで眠っていた。

2004.10.11

1日目:コペンハーゲン経由でブリュッセルへ

出発の朝は午前5時起床、2年半ぶりのベルギー行きのせいかすぐに目が覚める。
7時20分名古屋発成田行きのANAは40分も遅れ、成田での集合に間に合うか朝からハラハラする。

9時20分、成田空港で同行の方たちと合流。
全部で7名だと思っていたが実は3名だということを初めて知らされた。
が、もちろん人数は少ないほうが好都合。3人とも初対面だったが皆さんとてもよさそうな方たちだったので一安心。軽くお茶を飲んで、さあ出向審査というところでいきなり引っかかった。

ホテルの部屋で飲むベルギービールのためにとソムリエナイフを用意していたのだが、うっかり手荷物の方に入れてしまっていた。「いったん外に出てカウンターで交渉してください」との事だったが、時間も迫っていたので空港内の売店から宅配便で送り返し、急いで出国審査へ向かった。

いよいよ出国。今回は初めてのスカンジナビア航空SK984便。
30分ほど遅れて12時15分に離陸した。これからデンマークのコペンハーゲンまで12時間近くの長旅の始まりだ。

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SAS(スカンジナビア航空)といえばいつもブリュッセルで泊まっているラディッソンSASでなんとなく親しみはあったが乗るのは初めて。機材は新しくてなかなか良い感じ、もちろんエコノミーだが各座席にはテレビ画面が付いていた。これで映画などのほかに飛行中の前方、下方の映像がリアルタイムに見ることができ、とてもよかった。

座席もリクエストしたおかげで最後方3列席の通路側に、しかも残り2席は空席というラッキーな状態で悠々と座っていくことができた。

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機内ではもちろんビールを注文。スカンジナビアの航空会社なので積んでいたのはカールスバーグとツボルグだけだった。さっそくヨーロッパ気分に浸ってみる。

飛行中は映画を2本、読書、あとはパソコンを持参していたので残っていた仕事など片付けながら過ごした。

午後4時(ここから現地時刻です)コペンハーゲン空港到着。
なんとここでの待ち時間は3時間以上、余計に疲れがたまってくる。
ビールでも飲むしかない、ということでいろいろ物色するが、やはりカールスバーグとツボルグしかないようだった。ここでは「カールスバーグ・スペシャル」というアンバーのビールを注文。あまりおいしくないのに750mlも入ったグラスで少々苦労して飲んだ。

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午後7時50分コペンハーゲン出発。いよいよベルギーだ。
ベルギーに差しかかった辺りから、高速道路に美しくライトが灯っているのがわかる。

午後9時10分ブリュッセル空港到着。
どうも見慣れないところに降りたと思ったら、新しいターミナルができたようで長い長い距離を歩かされた。もう閉まってはいるが、歩いているとところどころにベルギービールのカフェがある。いよいよベルギーに来たんだな、という実感が沸いてきた。

出口ではガイドさんが迎えに来てくれており、そのまま車でホテルのあるブリュッセル市内へ。
今回のホテルは”ジョリー・ホテル・ドゥ・グラン・サブロン”、名前の通り、グラン・サブロン広場の一角にあるホテルで、グランプラスや王立美術館も徒歩圏内。しかも綺麗なホテルだったので一安心。

結局部屋に入ったのは午後10時30分頃でとても疲れていたのだが、まずはネット接続をしなければと思い悪戦苦闘。ダイヤルアップを試みるがどうもうまく行かない。ところが途中でホテルの無線LANがあることに気がついた。でもどうやら専用のネットワークキーが必要みたい。

さっそくフロントに電話するとすぐに教えてくれた。入力すると見事接続完了!
初めての海外接続がこれで成功した。うれしくなって夜中の1時過ぎまでパソコンを触っていた。

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2002.03.06

4日目:帰国


グランプラス

午前8時起床。体調が悪く気持ちよく起きられない。

朝食後、ロンドンのJALに電話。荷物の件を問い合わせてみるが、ヒースローまで乗る予定のBAとはポリシーが異なるので直接交渉してくれとのこと。困った。10時頃まで電話をしたり日記をつけたりしながらぼーっと過ごした。体調も悪いし、残されている時間も半端なのでどうしようもないのだ。しかし今日は最終日。

とりあえずグランプラス周辺へ。タンタンのブティックに入り、昨日買おうと思っていたTシャツを息子のために購入。がーん、50ユーロ、高かった。となりのカフェでカプチーノをテイクアウトしてホテルへ。頭痛がひどくなってきた。とりあえず最終の荷造りを済ませてシャワーを浴び、ベッドに横になった。

昼前にチェックアウト。ポーターも、「この荷物無茶苦茶重いな~、何がはいってるんだ?」と笑っている。タクシーの運転手も荷物を持ってみてびっくりしている。そして空港到着。ここでも小事件。お金が足らなかったのだ。日本円を持っていたのでいそいで空港で両替して何とか降りた。

BAカウンターでチェックイン。ここでもやはり、重いな~と笑われる。笑われるのはまったくかまわないのだが心配なのはその後だ。重量計を見てみるとなんと70kg!ある。前々回は二人で88.4㎏で大騒動だったのだが今回はその比ではないのだ。それでもそ知らぬ顔をして立っていると、「お客様のお荷物は50㎏オーバーで日本までの追加料金は2,800ユーロになります。」などといわれた。2,800ユーロといえば約30万円!!

ここで交渉が始まった。あまりやりたくなかったのだが、ヒースローで荷物をピックアップして後はJALと再交渉することで決着。すぐに追加料金233ユーロを支払って荷物を預けた。自分としては瓶に対するお咎めがあると心配していたのでまずはそれが無くて一安心。しかしまたもやヒースローでの仕事が増えた。心配だ。

相変わらず調子は悪いが無理にでも何か食べなくては、と思いレストランで軽食。その後スムーズに午後3時25分定刻どおりブリュッセルを発った。すると機内でまた軽食、がーん。しかし卑しいのでまた食べてしまった。そうそうここでまた時差マイナス1時間だ。

定刻どおりロンドン・ヒースロー空港到着。乗り継ぎなのに一旦荷物を受け取るというのはずいぶんややこしい。パスポートコントロールで止められたが、たまたま通りがかった日本人男性が助けてくれた。荷物のほうはというと片方のサムソナイトのほうから液が染み出しており、どうやら中で割れているようだった。

30分近くターミナルの中を迷った挙句やっとの思いでJALのカウンターへ。ここで割れている旨告げると、この場で中を開けて割れ物を片付けてくれとのこと。中を開けてみるとブロンシュ・ド・ナミュールが1本割れていた。あー、もったいない。

そして緊張の瞬間!荷物を計ってみると当然のごとく重量オーバー。日本円で約24万円!!カウンターのTさんは払えなければ別送してくれという。しかし今回の荷物はどうしても自分と一緒に持ち帰らなければいけなかったので、持てるだけの荷物を手荷物に移すから袋をください、と交渉。しかし袋が品切れ中。じゃあ買いに行ってきます、という私。すったもんだしていると男性の職員のMさんが登場。

「お客様、どうしても追加料金をお支払いいただけないのですか。」というので、「支払いたいのですがあまりにも高額なので少しでも減らしたいのです。」というと、「わかりました」と言いMさんはおもむろに動き出した。

プラスチックの箱を持ってきて急いでここにバッグを入れなさいと言う。そうなのだ、カウンターでごたごたやっているうちにたっぷりあった時間は無くなり、搭乗時刻が迫っていたのだ。すでに45分前だ。私も時計を見て本当にあせってきた。「お客様!ここをちゃんと押さえて!」Mさんは私にも指示しながらてきぱきと荷造りを完了。MさんがTさんにそっと耳打ちした後、荷物だけあっという間に積み込まれていった。

私は何が起こっているのかわからずTさんに尋ねた。すると「今回はもう搭乗までの時間がありませんのでこのままお通りください。これはMさんの計らいですからお礼を言っておいてくださいね。」という。本当に嬉しかった。もう飛行機に乗れないのではないかと思っていたので、なおさら嬉しかった。私はTさんとMさんに充分にお礼を言ってゲートへと急いだ。

今回はJALのTさん、Mさんのおかげで無事に通ることが出来たがもうこんな経験はこりごり。お金が節約できたとしても寿命が5年縮まったように思った。次回からはちゃんと別送するようにしよう。

こうしてどたばたのベルギー行きは終了した。

2002.03.05

3日目:カンティヨン醸造所


綺麗になっていたカンティヨン醸造所の外壁

6時前に目が覚めた。朝食後朝のグランプラスへ。まだ人も少なく、レストランへの搬入車以外はゆったりとしている。とても気持ちが良い。

徒歩で楽器博物館へ。ブリューゲルの絵に出てくる楽器の解説など見ることができ、とても興味深かった。そのまま王立美術館のアートショップへ。ここでランビックが登場しているブリューゲルの絵葉書など購入、ホテルに戻った。

12時に前回もお世話になった某銀行現地法人の方々と待ち合わせ。シェ・レオンのすぐ前にある、Aux Armes de Bruxelles という落ち着いた雰囲気の店で昼食を取った。


マッシングタンクで作業するヴァン・ロワさんの息子

午後からいよいよ目的のカンティヨン醸造所へ。ブリュッセル南駅から徒歩で5分くらい、一度来ているので場所はすぐに分かった。

しかしいきなり驚いたことに外壁が綺麗に塗り替えられていた。中に入るとちょうどマッシュの粕をとりのぞいてトラックで運び出すところでとても忙しそう。入り口にはやはりあのヴァン・ロワさんが6年前と変わらぬ元気そうな顔で迎えてくれた。


煮沸釜

行程は説明書に従い自分で回れとのこと。このほうが気楽でじっくり回れるのでとてもよかった。

入り口からまっすぐ奥へ行くとマッシング・タンク。ここで粉砕された麦と湯が混ぜ合わされ麦汁が造り出される。

2階に上がるとすぐに煮沸釜。先ほどの麦汁に古いホップが加えられ煮沸される。煮沸後はホップ粕を取り除いて冷却槽に運ばれる。


穀物倉

さらに進むと穀物倉へ。とても薄暗くひんやりしている。ここに小麦、大麦麦芽、古いホップが保存されている。


改修されていた穀物倉の屋根

ここでまた驚いたことに屋根が改修されていた。以前来たときには、ここでは醸造所固有の微生物などのバランスを崩さぬよう改装なども行わないと聞いていたからだ。後で聞いてみると1年前に改修したとのことだった。

そして先ほどの冷却槽へ。ここに麦汁が入れられる瞬間には人だかりができるほどの重要な場所。部屋いっぱいに赤銅でできた大きな冷却槽がある。煮沸された麦汁はここで空気に触れて冷却される。ここでランビックの発酵に不可欠な野生酵母が麦汁に根付く。


発酵中の樽

また下の階に降り今度は樽の貯蔵室へ。冷却された麦汁は木樽に移される。

(※カンティヨン醸造所の醸造行程についてはこのほかに写真もたくさんありますので別に詳しくご紹介する機会を作りたいと思います。)

一通り回った後ティスティング。他にも団体客がおり、一緒にグーズ、クリークなどをいただいた。まもなく日本に入ってくるであろう、サン・ランヴィナスはこのとき飲むことができなかった。

最後にクロード夫人の手作りだと言う、グーズ、クリーク、ロゼ・ド・ガンブリヌスを使ったカンティヨン特製のジャムなどを購入、ヴァンロワさんに挨拶をして醸造所を後にした。

その後思い出したことがあり中央駅から徒歩で昨日の ”Bieres Artisanales”へ。往復1時間の道のりだ。ホテルに戻ってビールの梱包などをしているうちに7時半。

7時半に毎回お世話になっているカトリーンさんと待ち合わせをしていたのだ。約4ヶ月ぶりの再会。お互い、こんなに早く会うとは思わなかったね、などと話しながらグランプラスの有名店、ケルダルケ”‘t Kelderke”へ。やはり有名店だし場所も抜群に良いのでとても混んでいた。

ここでは以前から興味のあった、”Lapin a la gueuze”(ウサギ肉のグーズ煮こみ)を注文。ビールはセリス・ホワイトの生。カトリーンさんとも久しぶりにゆっくりいろいろな話ができた。

その後ホテル近くのカフェ、Lop Lopへ。ここでパルム、マルールなど飲んでいるうちに急に頭とお腹が痛くなって急遽帰ることに。カトリーンさんとはまたの再会を約束してホテルに戻った。

2002.03.04

2日目:ブリュッセル


Bieres Artisanales 店主と

6時半ごろ起きて朝食に下りてみるとほとんどが日本人のツアー客ばかりで驚いた。さすがローマ、ブリュッセルでは考えられないことだ。

朝食後チェックアウトして早めに空港へ。指定のゲートで待っているとゲート変更のアナウンス。その後予定の8時45分を過ぎてもまったく動きがない。結局飛行機に乗り込んだ後も遅れに遅れて10時過ぎにようやく離陸した。

12時にブリュッセル着、国鉄で中央駅へ。今回宿泊のメリディアンは駅のすぐ目の前だから安心だ。まずは数少ないベルギーの知り合いの皆さんに電話。明日の夜は一人で食事をしなくてもよくなった。ここで少し安心。

2時ごろ徒歩でポルト・ド・ナミュール駅方面へ向かう。外は少し暑いくらいの陽気でとても気持ちが良い。しかし目的の場所はなかなか見つからず何度も訪ね歩いてようやく見つかった。

いよいよやってきた”Bieres Artisanales”。ブリュッセルでも屈指のベルギービール専門店だ。もう欲しいビールのオンパレード。まずは頼まれたビールを順番に出してきてもらう。数が多いので店主も驚いているようだ。


ビール博物館の中

途中新入荷のビールなど試飲させてもらいながら自分用のビールやグッズをゆっくり選んだ。そのうち店主がマイケル・ジャクソンの”Michael Jackson’s Great Beers of Belgium”を出してきて「うちは”Where to buy Belgian Beer”のページにも載っているんだ。」というので「実はうちも載っている日本の酒屋なんです。」というと納得の様子。一緒に写真など撮った。

店主にタクシーを呼んでもらいホテルへ。荷物を降ろすポーターが呆れ顔で笑っている。それもそのはず、購入したビールは80本を超えていた。


館内のバー

まだ明るいのでグランプラスへ。こんなに早くこの広場に再会できるとは思っても見なかった。いつ、何度来ても色々な顔を見せる素晴らしい広場。

久しぶりにビールギルド(ビール博物館)に入ってみた。しかし中の電気は消されており、開店休業状態、3ユーロ払ってビールだけ飲んですぐに出た。

その後洋書屋さん、酒屋さんを物色、ビールの本や、今晩飲むビールなどを購入して再びグランプラスへ。そろそろお腹も空いてきたので、前回行きそびれた店へ向かった。


グランプラス

そこは”Brasseurs-Brouwers”といって、ギャルリー・サン・チュベールからグランプラスに入るすぐ手前に2001年7月に出来たばかりのマイクロブルワリー。何もここで食べることはなかったのだが、これまた今まで食べそびれていたワーテルゾーイを頼んだ。珍しく予想通りの味わいでとても美味しく食べることが出来た。レギュラービールは3種類あったので全ていただいた。しかし一人で飲んでいるとなんだか酔うのも早いような気がする。

早々とホテルに帰ってビールの梱包等。今日はくたくたに疲れてしまい10時ごろ寝てしまった。

※この日から通貨はユーロに換わっている。ベルギー・フランは2月末日を以って使えなくなった。

※ブリュッセル中央駅はまだ工事中。今回はチケット売り場も仮のものだった。

2002.03.03

1日目:ミラノ経由でローマへ

02030301
Hilton Rome Airport

「三輪さん、明日からベルギーへ行ってくれないかな。」
この電話から今回のベルギー行きが急遽決まることになった。
まさか行けるはずが、、、と思っていたのに二日後の今日にはなぜか空港に向かっていた。思いがけず4ヶ月ぶりにまたベルギーに行くことになった。

1週間分の仕事の段取りと、ベルギー行きの準備を大急ぎでして日曜日早朝新幹線に乗って東京へ。成田エクスプレスにも初めて乗った。グリーン車で快適だったがとても寂しい。なんといってもヨーロッパの一人旅、海外旅行すら一人で行くのは初めてなのだ。

11時成田空港に到着してからが忙しい。
まず足らないものを購入、チェックイン、とここまでは良かったのだがこの後事件。

今回はミラノ経由でローマまで行き、そこで一泊しブリュッセルという行程なのだが、ローマまではアリタリア航空で行くことになっていた。

今回向こうでお世話になる方々にお土産として日本酒を持参したのだが、アリタリア航空では以前に乗客の酒が割れたことがあり、全て手荷物で持ち込んでくれとのこと。カウンター前で全ての荷物を開けて日本酒を取り出す羽目になってしまった。

その後、保険加入、両替、昼食と時間はすぐに過ぎて、気が付いたらもう搭乗の時刻。結局家に電話することもできず飛行機に乗り込んだ。

乗客は卒業旅行と思われる学生、あとはお年寄りが多くほぼ満席。
今回は機内に持ち込むものまで考えている余裕がなかったので読む本も無い。
時間をつぶすのにとても苦労した。

 

現地時刻の17時10分ミラノ着。ここで約2時間も待たされ、20時10分にローマ到着。しかし眠い、日本ならもう朝の4時ごろ。
荷物を受け取って外へ。周りには先ほどと違って日本人の姿も見当たらず、ここからが心細い。

しかし幸い今回の宿である「ヒルトン・ローマ・エアポート」は空港内にあるのですぐにたどり着くことができた。1999年にできたばかりというとても美しいホテルだった。

チェックイン後空港に戻り、食料を入手。せっかくなのでイタリアのビールを、と思って探したが全く見つからなかった。仕方が無いので、イギリスやデンマークのビール、あとホットドッグのようなものを買って食べてみたが、無茶苦茶まずくて全部捨ててしまった。

ホテルに戻って明日の時間など確認しているとすでに午後11時。
明日発ってしまうのでこのまま寝るのももったいないが、とにかく不安なので早めに寝て早起きする事にした。

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